*Ensembre"AMADEUS"Tama +++ 曲目解説(交響曲) +++

交響曲第35番 ニ長調 K.385 「ハフナー」

 今日、「交響曲"symphony【シンフォニー】"」というと大体[@その曲全体の主題を提示する序章的な楽章/A緩徐楽章/Bメヌエット、若しくはスケルッツォ/C曲を華やかに締めくくる終楽章]という構成の4つの楽章をもつ、演奏会用の管弦楽曲である、という見方が一般的です。しかし本日演奏するモーツァルト以前の時代では「交響曲」は "symphonia【シンフォニア】"と呼ばれ、その位置付けは今日とは大分違っていました。そもそも"symphony"という言葉は、ギリシャ語を語源とする古いフランス語で、「集まる」という意味の"sym(シム)"と「音」という意味の"phone(フォン)"から来ており、「音の集まり」即ち器楽合奏という言葉だったのです。というのも、この時代の演奏会の花形はあくまでも声楽や器楽のソリストたちであり、オーケストラは単なる伴奏集団でしかありませんでした。当然今日の "symphony" のように演奏会のメインに"symphonia"が演奏されることはなく、"symphonia"は演奏会全体の序曲として、また、その終曲を演奏会の締めくくりに使われることが多かったようです。  さて、本日演奏いたしますのは交響曲第35番「ハフナー」です。このニ長調の交響曲は後期6大交響曲の最初の曲として知られていますが、少し変わった成り立ちを持っています。1781年5月、ザルツブルグの大司教と衝突しヴィーンに移り住んだモーツァルトは、その翌年父レオポルドよりある曲の委嘱をされました。それは、レオポルドと古くから親交のあったザルツブルグの富豪ジギスムント・ハフナーが貴族に列せられることになったので、その祝祭用のセレナーデを作曲してほしいということでした。モーツァルトはこの依頼に応え、2曲のメヌエット、アンダンテと行進曲を含む6曲からなるセレナーデを作曲しました。後にこのセレナーデからメヌエットのうち1曲と行進曲を外しクラリネットとフルートのパートを加筆したのが、この交響曲です。(ちなみに同じ「ハフナー」の愛称をもつニ長調のセレナーデ(K.250)は、 ハフナー家の令嬢エリーザベトの結婚式のために1776年に作曲されたもので、 K.385の原曲となったセレナーデとは構成もまったく違う別の曲です。)モーツァルトは K.385を含めて6曲のセレナーデを交響曲に編曲していますが K.250のハフナー・セレナーデもその中に含まれている!)何故か他の5曲は全く市民権を得ることがありませんでした。  第1楽章の聴きどころは、 冒頭から何回も登場するtuttiの2オクターヴ跳躍と、終止線までたゆみなく続く流れるような旋律です。それまでの交響曲は主題を提示する前に序奏を用意しているものが多いのですが、このころのモーツァルトは冒頭から主題がフォルテで演奏されるような曲を書いています。  第2楽章は宮廷のサロンを思わせるような曲です。優雅な旋律の中にもモーツァルト的なおどけた装飾音符やメロディが効果的に使われています。  第3楽章は定石通りメヌエットです。力強い上向音形と優美な逆符点が素晴しいコントラストを見せます。イキイキしたメヌエットとは対照的に華麗なトリオでは、第一ヴァイオリンとオーボエ、ファゴットが美しく踊ります。  第4楽章の楽譜にモーツァルトは「できるだけ速く」と書き記したそうです。私たちはどれだけ彼の期待に応える事が出来るでしょうか?  最後に余談ではありますが、 K.385の原曲であるセレナーデを復元しようという試みが以前より行われています。しかし外された2曲のうち行進曲はK.408-2(K.385a)として現存していますが、メヌエットの方は楽譜が散逸してしまっているので、復元は難しいと思われています。このセレナーデの出来映えは父レオポルドの期待に充分に叶ったものだと言われているだけに、残念なことです。(田邉 恭)

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